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Episodico代表、石川晃司のエピソード

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偶然が重なり高校2年生で経験した人生初の海外旅行。見るもの全てが新しくこれまでの価値観を覆す出来事の連続に私はある決心をしました。「いつかもう一度この地を訪れよう。英語を話せるようになって自分のお金でここに帰って来たい!」

2003年秋。18年ぶりのリーグ優勝を果たした阪神タイガースの快進撃に全国の阪神ファンが歓喜していた頃、高校2年生だった私は生まれて初めて飛行機に搭乗していました。目的地はオーストラリア北東部の観光都市ケアンズ。東京にも降り立ったことがない大阪の高校生が、修学旅行で異国の地を踏もうとしていたのです。

修学旅行が海外なんてどんな高校だ?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、当時私が通っていたのはごく普通の公立高校です。偶然にも大阪府が公立高校に対する海外修学旅行の是非を検討するために、試験的に海外修学旅行を実施した年であったらしい、とのことでした。

しかし2003年は春先から新型肺炎SARSが流行した年でもあり、多くの高校が修学旅行の目的地を海外から国内に変更することを余儀なくさせられました。幸いにも私の通っていた高校は修学旅行が秋開催でしたので、SARSの終息を待って海外修学旅行に向かうことが許されたのです。この2つの偶然が重ならなければ高校生にして海外旅行を経験することもなかったでしょうし、私の人生も今とは大きく違ったものになっていたと思います。

ケアンズで過ごした修学旅行生活は、私にとって衝撃の連続でした。異様に眩しい強烈な日差しに植物園のような熱帯の空気。街中ではとても聞き取れないスピードで英語が飛び交い、食卓に並ぶのは見たことのない肉の塊と妖艶なトロピカルフルーツ。見るもの全てが新しく、まるで初めて自転車に乗った時のようなワクワク感を味わったことを覚えています。

同時に、修学旅行生として保護された立場でしか行動できないことにもどかしさを感じるようにもなりました。当時の私は積極的に行動するタイプではなく英語も全く話すことができなかったのですが、なぜか一人で自由に異国の地を旅してみたいと感じるようになったのです。

修学旅行から戻った私は、一つの目標を立てました。「英語を話せるようになって、自分のお金でもう一度ケアンズに行こう。」

今思い返すと、これが私にとって初めて意識した具体的な将来の夢だったのかもしれません。それまでは、将来の夢と言われても思い浮かべるのは「テレビに出て有名人になりたい」や「何事もなく健康に長生きしたい」といった漠然としたものばかり。「何年後の自分はこうなっているようにしよう。」という具体像をイメージしたのは、この時が初めてでした。

具体的な将来の夢が見えた時、私の中でこれまでの価値観が大きく変わりました。目標のためのステップを設定し、一つずづこなしていくことが楽しくなってきたのです。内向的で自分から進んで行動するような性格ではなかったのですが、いつの間にかそんなことは気にならなくなっていました。

大学に入学した私は、大学4年生でもう一度ケアンズに行くことを目標として大学生活を組み立てました。アルバイトで資金を貯めながら、大学3年間で卒業までに必要な単位を取得。大学4年生になるとこれまで打ち込んできたクラブ活動とアルバイトの長期休暇をいただき、念願だった海外渡航に踏み切ることができました。

大学4年時に授業に出ないことが前提の計画でしたので、大半の学生が所属するゼミに入らず卒業論文も書かないという大学生活でした。学生の本分からは逸脱した大学生活だったかもしれませんが、目標達成のために駆け抜けた日々は大変充実したものであったと感じています。

海外渡航の準備をしていると、日に日に目的地のケアンズに到着してしまうのがもったいないという気持ちが大きくなってきました。初めて意識した将来の夢を達成してしまうと、この先どうなってしまうのだろうと戸惑っていたのかもしれません。

結局、ケアンズは旅の最終目的地とすることにしました。できるだけ遠回りし、様々な場所を見て回った上で最終目的地ケアンズを訪れることにしたのです。2008年6月に日本を出発し、カナダ・アメリカ・ニュージーランドと一時帰国を挟みオーストラリア各地を巡ってケアンズに到着したのは2008年11月。ちょうど修学旅行で訪れてから丸5年が経過していました。

修学旅行で訪れた前回とは異なり、海外一人旅の果てに目的地に到着した喜びは何物にも代えがたいものでした。

特に印象的だったのが、修学旅行時に参加した植林活動の跡地。高校生当時は植林なんて退屈な行事だと不満を漏らしていましたが、再び訪れた際にその場所が自然保護区になりメモリアルプレートが掲げられているのを見ると胸が熱くなりました。施設の管理人に5年前の修学旅行生であることを伝えると、修学旅行生が個人旅行で訪ねてくるなんて信じられないと驚愕していたのが印象に残っています。このエピソードのトップ画像は、そのときに撮影したメモリアルプレートです。

12年前の偶然から生まれた修学旅行により、私は生まれて初めて実現させたい将来の夢を描きました。5年かけてその夢を実現させる中で、私は自分ががかつての自分からは考えられないほどのパワーで動き回っていたことに気づきました。実現させたい夢をリアルに思い描いた時に、人は思いもしないパワーを発揮するものなんだなと感心したものです。

目的地であるケアンズに辿り着いた時、私の夢を目指す旅は終りを迎えました。これまで追いかけていた夢がなくなることは寂しいものかと思いましたが、気づくと私の中には新しい夢が芽生えていました。その夢は、起業して自分の会社をもつことでした。

今回こうして自分のエピソードを執筆するにあたり、真っ先に思い浮かんだのかこの旅のエピソードです。高校時代の修学旅行という個人的な思い出が、誰かの役に立つかは分かりません。しかし、私自身の人生を大きく左右する出来事であったことは間違いありません。あの時の修学旅行がなければ、私が本サービスを立ち上げていることもなかったのですから。

このページを見ている皆様にも、それぞれの人生を左右した大切なエピソードがあるのではないでしょうか。そんなエピソードが集まり、そこから新しい商品やサービスが生まれる場をつくりだす。これこそが、今私が抱いている新しい夢なのです。

2015年4月30日
石川晃司