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自分らしく働く選択肢として「海外就職」を知ってほしい

2015年8月31日
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アジアで働く日本人が増えている。それも「海外駐在員」ではなく、現地採用の「海外就職」で海を渡る若者が増加しているのだ。そんな若者をサポートしている女性がいる。GJJ株式会社代表取締役、田村さつき。黎明期から人材業界に携わる彼女が、海外就職にかける思いを語った。

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日本での人材派遣業黎明期から人材業に携わる田村氏

私が人材業に携わるようになったのは、今からおよそ20年前。結婚・出産を経て再就職したのが、たまたま人材派遣業を営んでいる会社だったのです。当時は人材派遣というスタイルが日本にやってきたばかりの頃で、人材業という業種も広く認知されたものではありませんでした。まさに、日本における人材業黎明期だったのです。

当時としては新しい業種である人材業に携わることになったのですが、私は特に人材業に興味があったわけではありませんでした。私が再就職先を探していた頃は、バブル崩壊直後の就職氷河期と呼ばれた時代だったのです。そんな状況下での再就職で、何とか見つけた就職先が人材業だったというわけです。

こんな経緯で携わることになった人材業ですが、どうやら私の性分に合っていたようです。その会社に10年近く勤めた後、起業し自ら人材派遣・紹介・育成を行う会社を経営することになりました。2003年のことです。

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経営難の会社を立て直すために海外就職の可能性を模索することに

独立してしばらくの間は経営も順調で、全盛期には年商3億円規模の会社となりました。しかし会社を立ち上げてから5年後の2008年、会社は急激に業績を落とし経営難に陥りました。リーマンショックの影響をモロに受けてしまったのです。

100人近く雇用していた派遣社員の半数以上を解雇せざるを得なくなり、今後会社をどのように経営していけば良いのか本当に悩みました。そんな中、かつて日系ブラジル人に対して日本国内での仕事を探すサポートをしていたことを思い出しました。リーマンショック直後は、そんな彼らから真っ先に解雇され本国への帰国を余儀なくさせられていました。

その時にふと思ったのです。「今の日本には仕事がないかもしれないが、他の国には仕事があるかもしれない。どこかの国で日本人が働く場があるのであれば、海外就職は経営難の会社を立て直すカギになるのではないか」そこで私は、日本人の雇用を求めている国がないかリサーチを始めたのです。

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香港視察を経てアジア就職ビジネスの手応えを掴んだ

世界各国の雇用事情を調査する中で、香港で人材業を営んでいる知人に日本人雇用の需要がないかを聞いてみました。その答えは、「日本から働きに来てくれる人がいるならぜひ欲しい」というものでした。それを聞いた私は、急いで香港に向かいました。

香港に降り立った私は、まずその街が放つエネルギーに圧倒されました。いち早くリーマンショックから脱却し、立ち直ろうとするパワーが街全体に満ち溢れていたのです。当時はリーマンショックで一気に雇用を減らしてからの復旧だったので、急速に人が必要になっていたという状況でした。至る所から、優秀な若い日本人を紹介して欲しいと声をかけられたのです。

東京では大卒でも仕事があるかどうかというような、就職超氷河期と呼ばれた時代でした。それだけに、こんなにも東京と香港で差があるのかとショックを受けました。そして香港でこの状態なら他の国も見てみようと思い、今度はシンガポールに渡りました。するとシンガポールも香港と同じような状況だったのです。加えて当時は”マリーナ・ベイ・サンズ”が建設中で、国中が「マリーナ・ベイ・サンズがオープンすればシンガポールは変わる」という期待と熱気に包まれていました。

その後はアジア諸国を順に見て回ったのですが、各国を視察する中で日本からアジア諸国への海外就職に大きな手ごたえをつかみました。どこに行っても、現地の日系企業から「日本から派遣している駐在員と現地職員との間に立つ日本人が欲しい。日本人駐在員と現地人をつなぐ、ブリッジ役になれる20代30代の日本人を探している」と言われたのです。そして私は、経営難の会社を立て直す新事業としてアジア就職をスタートさせたのです。