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不合格なら役者を辞める-背水の陣で臨んだオーディション

2015年8月31日
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自らを「社会人未満・カタギ寄りの役者」と名乗る役者がいる。舞台俳優、中川律。会社員と舞台俳優の二足の草鞋を履く、フリーランスの役者だ。仕事の間を縫って稽古に打ち込む原動力となっているのは、かつて自らの役者人生を賭けて臨んだオーディションでの経験だった。

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「社会人未満・カタギ寄りの役者」中川氏

私が演劇を始めたのは中学生の部活動でした。当時の私はスポーツや美術・音楽が苦手でしたので、正直なところ消去法で演劇部に入りました。しかし部活動に打ち込むうちに演劇が楽しくなり、高校でも引き続き演劇部に入ることになりました。

高校1年生の夏休み、大阪の小劇場で舞台を観たことが私にとって大きなターニングポイントになりました。観客に配布されたパンフレットの間に、役者募集中というチラシが入っていたのです。よく見てみると、その公演は夏休み期間中に上演されるものでした。面白そうだと思った私はその募集に応募し、夏休みをその舞台の稽古に費やすことにしました。この時にはじめて、学校の部活動を離れて役者として活動することになりました。

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高校1年生の夏休み、小劇場での公演が役者としてのスタートだった

劇団のメンバーは年上の方ばかりで、高校生は私1人。部活動しか経験したことのない私にとって、劇団での生活は全く未知のものでした。舞台のつくり方も全く分かっていなかったので、メンバーの皆様に迷惑をかけることも多々ありました。しかし本番の舞台に立ち、ある時には客席から笑い声があがり、ある時にはお客様が涙を流している姿を見て、この舞台に立てて本当に良かったと思いました。当時15歳だった私は、この時の経験がきっかけで今後舞台に携わっていきたいと考えるようになったのです。

当時の私は、あまり人前で話をすることが得意ではありませんでした。しかしこの舞台を経て、そういったことに対する苦手意識がなくなってきました。親しい友人からも「中川はこの夏休みに変わったな」と声をかけられるようになりました。そういう意味でも、高校1年生の夏休みに経験した舞台は私にとって大きなターニングポイントだったと思います。

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演劇部には所属せず、パフォーマンスの幅を広げることになった大学生活

その後も部活動として演劇に携わる高校生活を送り、大学も演劇の専攻がある学校を受験しました。しかし残念ながら希望の学部には合格できず、別の学部生として大学に入学することになりました。その入学式で、意外なものが目に留まりました。新入生向けクラブ紹介エリアで、大量のボールを上空に投げてジャグリングを披露している学生がいたのです。

話を聞いてみると、その部活動は手品とジャグリングを披露する舞台公演のクラブでした。興味があって先輩部員からジャグリングや手品を見せてもらっているうちに、気が付いたらその部活動に入部することになっていました。そして、大学生活の4年間は演劇とは違った形で舞台と関わることになりました。大学の部活動ではジャグリング・手品に打ち込みましたが、演劇の世界から離れてしまったわけではありませんでした。

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パフォーマンス集団を結成し、演劇という枠を越えて活動することに

ある日、高校時代の演劇部後輩から連絡が入りました。演劇部の顧問であり私の恩師でもある先生が転任されることになったので、教え子を集めて送別会を開催するとのことでした。お世話になった先生の送別会ということで喜んで出席させていただいたのですが、そこで集まった懐かしいメンバーや初対面の後輩たちと話すうちに、意気投合したメンバーでパフォーマンス集団を結成することになりました。

パフォーマンス集団では地方のラジオ局でラジオドラマを放送したり、老人ホームでボランティア公演を開催したり、これまでにない活動に携わることになりました。演劇に加えジャグリングや手品、ダンスに読み聞かせといった様々なジャンルのパフォーマンスに挑戦し、演劇の枠を越えて舞台に携わった大学生活でした。