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世界195か国の料理を提供「旅するシェフのレストラン」

2015年12月27日
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神戸に世界の料理が食べられるレストランがある。「世界のごちそうパレルモ-Palermo-」シェフの本山尚義氏が世界を旅して学んできた料理を提供するレストランだ。フランス料理からインド料理に転向し、世界各地へ料理修行の旅に出たシェフが料理に込める想いに迫った。

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「世界のごちそうパレルモ-Palermo-」オーナーシェフの本山尚義氏

私は神戸市東灘区のレストラン「世界のごちそうパレルモ-Palermo-」でオーナーシェフを務めています。この店は、私が世界を旅して学んできた料理やお酒を提供するレストランです。料理を通じて、「世界にはいろんな国や文化、価値観がある」ということを知ってほしい。そして、お互いにその価値観を受け入れ認め合ってほしい。そんな想いを込めて、私はこのレストランで世界の料理を提供しています。

私は今でこそ世界の料理を作っていますが、かつてはフランス料理の料理人でした。フランス料理こそが世界の中心で、いつかフランス料理の店を持つことを夢見て厳しい修行に打ち込んでいたのです。27歳になる頃にはフレンチレストランで料理長を務めさせていただき、料理人として充実した生活を送っていたのですが、ひょんなきっかけからインドを訪れることになり、私の中で料理に対する価値観が大きく変わりました。現地で味わったインド料理に衝撃を受け、スパイスの魔法に取りつかれてしまったのです。

そして私はフランス料理からインド料理に転向し、さらに世界の料理を学ぶ旅に出ることになったのです。

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神戸市東灘区のレストラン「世界のごちそうパレルモ-Palermo-」

私が料理と出会ったきっかけは、大学時代のアルバイトでした。京都の大学に通っていた私は、夏休みを利用して長野県のペンションに住み込みでアルバイトをしていました。そのアルバイトで、料理を任されることになったのです。

最初は掃除やベッドメイキングといった仕事の一環で料理の仕込みを手伝っていたのですが、オーナーから筋が良いと褒められ、料理を教わるようになりました。私は幼少期から料理が好きだったので、ある程度の下地はあったのかもしれません。料理を教われば教わるほど料理が楽しくなっていき、オーナーもその気になって「この2か月でビシビシしごいていくから」と本格的に指導して下さるようになりました。そして最終的に、食材の仕入れからメニューまでを任されるようになったのです。

ペンションのアルバイトを終えた私は、京都の下宿に戻ると友人達を招いて料理をふるまうようになりました。料理といってもカレーくらいしか作らない友人達にとって、私の料理は「本格的っぽくて美味しい」と評判でした。そんな中、友人が思いもよらないことを口にしました。「そんなに料理が楽しいなら、料理を職業にしてみたら?」

「ああ、そうか!その道があったんだ!」そう思った私は早速レストランの求人を探し、翌日には下宿近くのレストランでアルバイトの面接を受けていました。

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店内には世界の子供たちの笑顔が飾られている

私がアルバイトとして修行をはじめた店は、下宿近くの小さなフランス料理店でした。料理を教わったペンションはフランス料理を基調としていたので、私も料理人になるならフランス料理の道に進もうと考えたのです。

そのレストランは客席数16席程のこじんまりとした店で、シェフが一人で切り盛りしていました。忙しい店ではあったのですが、毎日の仕込みの量はそれほど多くはありません。私はその店で修業をするうちに「もっと料理がしたい!もっと大きなレストランで働きたい!」という欲が抑えられなくなってきました。そして私は、1年程でより大きなレストランに修行の場を移すことにしました。

その後私は京都・神戸・愛知のレストランで経験を積み、フランス料理の腕を磨きました。仕込みの量はどんどん増えていき、1日で2・3個だけ仕込んでいた玉ねぎは1日1ケース・20kgの量になりました。毎朝7時から終電まで働き、家に帰ってからはフランス語の勉強。毎日が戦場のような忙しさで、睡眠時間3時間の生活が続いたこともありました。そのおかげか、27歳になる頃には愛知県のホテルのレストランで料理長を務めさせていただくことになりました。

ホテルのオーナーには可愛がっていただき、私も向上心に満ちていたので、料理長の仕事は楽しくやりがいのあるものでした。そして、私はこのレストランで後の人生を大きく左右する方と出会いました。常連客であるインド式ヨガの先生です。

その先生は何故か私のことを気に入ってくださり、常々「フランス料理も良いが、インド料理も面白いぞ。今度一緒にインドまで料理を食べに行こう」と声をかけてくれました。しかし、当時の私はフランス料理こそが最高の料理だと思っていたので、曖昧な返事でその誘いを断り続けていました。

私の煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、ある日先生がやってきて言いました。「○月○日のフライトを取ったから、2週間店を休んでインドに行こう。オーナーには話を通してあるから」先生はホテルのオーナーとも仲が良かったので、私を連れ出す為にオーナーを説得していたのです。こうして私は、半ば強引にインドへ連れていかれることになりました。

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人気メニューの一つ、ギリシャのグラタン「ムサカ」

インドで食べる本場のインド料理は、私にとって驚きの連続でした。毎日3食カレーなのですが、いくらカレーを食べても飽きないのです。食べるたびに味付けが違っていて、朝昼晩と食べる時間帯に合わせて絶妙のバランスでスパイスが使われている。本当に奥が深い料理だと感心させられました。

「世界にはこんなに面白い料理があるんだ!」フランス料理が一番だと思っていた私の価値観は崩れ去り、私はスパイスの魔法に取りつかれてしまいました。帰国してレストランでフランス料理を作っていても、頭の中はスパイスの事でいっぱいです。

「インド料理をやりたい!インド料理のスパイスを学びたい!」私はとうとうインド料理への衝動が抑えられなくなり、レストランを退職し愛知県内のインド料理店で修行をはじめました。

フランス料理からインド料理に転向したものの、料理の基本は理解していたので、インド料理の工程を覚えることはそれほど難しくありませんでした。ただ、スパイスの配分が分かるようになるまでは本当に苦労しました。

その店ではカレーに16種類のスパイスを使用していたのですが、出来上がったカレーを食べても、どのスパイスをどれだけ使っているのか分からないのです。もし仮に何かスパイスを入れ忘れたとしても、何が足りないのか分からない。これが分かるようになってはじめて一人前なのですが、私は分かるようになるまで2年かかりました。

毎日料理の味見をしていると、ある日突然頭の中にスパイスの配分が浮かぶようになるのです。不思議なほど突然分かるようになるのですが、あの瞬間は本当に嬉しかったですね。

私はその後東京のアジア料理店に修行の場を移し、同時にアジア諸国を旅して料理を学ぶようになりました。そして旅先で様々な料理に触れるうち、料理にはその国の歴史や文化が表れるということを知りました。いつしか私は、世界の料理を提供するレストランを開きたいと夢見るようになりました。食べて美味しいだけでなく、料理を通じてその国の何かを感じてもらうレストランです。

1998年、私は翌年のレストランオープンを目指して1年間の料理修行の旅に出ました。料理を教わりながら、世界各地を周る旅です。