episode-image

出来ない理由と同じくらい、出来る可能性がある

2015年8月31日
episode-miyake-hideaki-1

海外研修・web開発・情報サイト運営・カフェ経営。これらの事業をベトナムで行う若者がいる。スパイスアップ・ベトナム代表の三宅秀晃だ。異国の地で多様な事業を手掛ける三宅氏の背景には、情熱あふれる経営者の顔と、好奇心の赴くままに突き進む純粋さが同居していた。

episode-miyake-hideaki-2

ベトナム・ホーチミン市で様々な事業を手掛ける三宅氏

実は私、もともとは海外に興味があるタイプではありませんでした。英語が得意教科であったわけでもなく、学生時代は「将来自分は、絶対に海外に出ることはないだろう」とさえ思っていました。しかし将来の自分が仕事をしている姿を想像したときに、日本での働き方に疑問を感じずにはいられませんでした。毎日スーツを着て満員電車に乗って暗い顔で会社に向かうという、いわば典型的な日本の働き方が変だなと思っていたのです。

仕事は本来楽しい物だと考えていたので、その働き方を変えられたらと思ったのですが、変えるにはまず「そうじゃない人たち」を見る必要があると考えました。たとえ収入が少なくても、明るく楽しそうに生活している人たちです。そう考えた時に思いついたのが、ベトナムでした。ベトナムは給与水準が日本の10分の1であるにもかかわらず、地球幸福度ランキングで常に上位にランクインしている国です。(地球幸福度指数The Happy Planet Index : 英国の環境保護団体 Friends of the Earthの発表する指数。ベトナムは2006年12位・2009年5位・2012年2位)そして私は、いつかベトナムに住んでみたいと思うようになりました。

当時の私は日本の金融系シンクタンクでシステムエンジニアを勤めており、大企業向けに会計システムや社内情報共有システムを扱っていました。仕事を辞めていきなりベトナムに移住するという考えがなかった私は、知り合いの紹介もあり、ベトナム中部の都市ダナンのカフェ経営に共同出資者として参加してみることにしました。移住の前に、まずは現地のビジネスを体感してみようと思ったのです。日本からベトナムのカフェ経営に参加し、定期的に現地を視察する。これが、ベトナムにかかわる仕事をはじめたきっかけです。

そんな中、あるIT系ベンチャー企業を経営している方から一緒に働かないかと声をかけていただきました。その会社は、ちょうど東南アジアを担当する人材を探しているとのことでした。東南アジアに移住する絶好のチャンスだと思った私はその話を快諾し、大企業からベンチャー企業への転職を決意したのです。

ベンチャー企業に入社した私は入社後わずか1月足らずでベトナム・ホーチミン市に移住することになりました。2012年7月のことです。

episode-miyake-hideaki-3

所属企業の方針変更に伴い、組織を離れベトナムに残ることに

そんな経緯で始まったベトナム生活ですが、移住してからわずか5か月後の2012年12月に、私が所属していた企業の方針変更で海外事業がなくなってしまいました。国内に帰る道はもちろんあったのですが、移住して半年も経たず帰国するのはもったいないと思い、私は組織を離れそのままベトナムに残ることを決意しました。

その時私は無職だったのですが、あまり深く考えず何とかなるだろうと思っていました。幸いベトナムには日本人を求める雇用がたくさんありましたし、ベトナム・ホーチミン市は月に4万円あれば生活できる程度の物価です。ダメならまた仕事を探せば良いだけだと思った私は、フリーランスとしてベトナムに残って様々な仕事にチャレンジしてみることにしました。その結果、海外研修やインターネットマーケティング、日本人向け情報サイトの運営やカフェ経営といった事業に携わるようになったのです。