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誰もがふさわしい場所を目指すオーダーメイドの定食店

2015年11月17日
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おかずのオーダーメイドができる。店の手伝いをすると食事が無料になる。事業計画書や月次決算が公開されている。そんな飲食業の常識を覆す定食店が、東京・神保町にある未来食堂だ。次々と斬新な取り組みを行う店主の小林せかい氏に、未来食堂にかける想いを聞いた。

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オーダーメイドの定食店「未来食堂」店主の小林せかい氏

私は東京・神保町で定食店「未来食堂」を営んでいます。未来食堂のコンセプトは「あなたの“ふつう”をあつらえます」。「あつらえ」とは着物などを注文して作ってもらう、オーダーメイドのこと。未来食堂はお客様の要望に応じておかずをあつらえる、おかずのオーダーメイドができる定食屋さんなのです。

未来食堂はおかずのオーダーメイド「あつらえ」の他にも、店の手伝いをすると1食無料になる「まかない」というシステムを提供しています。「お店に行くと自分好みのおかずを作ってくれる」「お金がなくてもお店の手伝いをすれば何か食べさせてくれる」そんなお店があったら良いなという想いから、私は未来食堂をオープンさせました。

未来食堂がオープンしたのは2015年9月13日。まだオープンして2か月ほどしか経過していませんが、私が店を持つことを決意してからは既に15年もの時が流れています。私が最初に店をやろうと思ったきっかけは、中学3年生の時に生まれて初めて喫茶店に足を踏み入れたことでした。

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未来食堂の店内には、どこか懐かしい昭和の雰囲気が漂う

中学3年生の私が初めて喫茶店に入った理由は、読書のためです。当時の私は村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」に熱中していて、学校の帰り道にどうしても落ち着いて続きを読みたくなったのです。そして足を踏み入れたのが、通学路にある昔ながらの喫茶店でした。

初めて喫茶店に入った時のことは、今でも鮮明に覚えています。喫茶店で読書をしていると、家の自分でも学校の自分でもない、これまでにない自分がいることに気づいたのです。その時私は、直感的に「自分は将来、こんなお店をやることになるんだ」と気づきました。

とても不思議な感覚ですが、それは「将来お店をやりたい」という希望ではなく「将来お店をやることになるんだ」という直感でした。いつか自分に訪れるライフイベントのようなイメージです。しかし、それが何屋さんになるのか具体的には掴めていませんでした。ただ漠然と、「喫茶店での読書で味わったような空間、家でも学校でもない誰もが自分そのままでいられる場所を提供するんだ」と考えていたように思います。

初めての喫茶店で衝撃を受けた私は、その後自分の求める空間づくりを目指して様々な取り組みを行うようになりました。高校で教室にこっそりカフェスペースを作ってみたり、大学の学園祭で1人喫茶店を出店してみたり。20歳の誕生日を迎えてからは、新宿ゴールデン街や歌舞伎町のバーでアルバイトをするようにもなりました。

そんな大学生活を送っていましたが、将来やることになるであろう店の具体像は見えないままでした。しかし私は、特に焦ってどんな店にするのか決めようとは思いませんでした。「いずれ人生のどこかのポイントで店をやるのだから、色々世の中を見てから決めればいい」そう考えた私は、大学卒業後に日本IBMに入社しシステムエンジニアとして働きはじめました。

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ビル入り口ではしゃもじを抱えたお人形がお出迎え

私が卒業後の進路としてシステムエンジニアを選んだ理由は、その働き方に興味があったからです。システムエンジニアの仕事は社内で完結するものではなく、顧客企業を訪問して行うものです。今日は金融機関でATMのシステムを構築し、明日は食品メーカーで給与システムを作るといったスタイルです。社会に出て色々な世界を見てみたいと思っていた私には、様々な会社と仕事ができるシステムエンジニアの働き方がとても魅力的に映ったのです。

システムエンジニアに必要なスキルは、日本IBMに入社してから身につけました。会社の研修システムが充実していたこともあり、基礎知識がない状態からでも十分システムエンジニアとして働けるようになる体制が整っていたのです。

私は最終的に5年間日本IBMに勤務させていただき、その後IT系ベンチャー企業のクックパッドに転職することになりました。入社以来お世話になってきた、私にとってプログラミングの師匠のような先輩がクックパッドに転職することになったので、その方について行ったという状態です。この転職が、未来食堂のコンセプトを決定づけることになりました。

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社内キッチンでご飯をふるまったことが、未来食堂の原風景になった

クックパッドには社内に立派なキッチンが設けられていて、材料費会社負担で社員が自由に料理をできるようになっています。社員も食へのこだわりが強く、とても手の込んだ料理を作る方や物凄いグルメの方がたくさんいらっしゃいました。

その一方で忙しいITベンチャーという面もあり、十分に食事の時間も取れないという方もいらっしゃいました。社内キッチンでお洒落な料理を楽しむ人もいれば、忙しくてご飯も食べられない人もいる。私は、そんな食のあり方に疑問を感じずにはいられませんでした。どんなに立派なキッチンで手間暇かけて仕上げた料理であっても、どこか貧しいものに感じてしまったのです。

そこで私は、入社した次の日からキッチンでご飯とみそ汁を用意して「いかがですか~」とふるまいはじめました。「どんなに忙しい人でも、ここに来れば何か食べられるよ!」そんな場所があっても良いと思ってはじめた取り組みです。入社したばかりの社員がいきなりはじめたことで驚かれましたが(笑)日に日に食べにくる人は増えていきました。最終的にフロアの半分ほどの方がくるようになり、椅子が足りなくなって立ち食いの人が現れるまでになりました。

始業時間前に野菜をざくざく切って煮込んで炊飯器のスイッチを押すだけですので、調理時間は10分程度。決して手の込んだ料理ではありませんが、それを求めてたくさんの方が集まってくれたのです。

忙しい人もグルメな人も、普段の仕事では関わりのない部署同士の方も関係なく、ごはんを食べに集まって談笑する。私はそんな光景を前にして「自分がやりたいお店はこんな飲食店かもしれない」と思いました。この時の体験が、未来食堂の原風景になっています。

いざ飲食店をやると決めてからは、具体的にどんな店にするのかを考える日々です。熟考を重ねた上で私が出した答えは、オーダーメイドの定食屋さん。結局私は4か月でクックパッドを退社し、未来食堂の開業準備をはじめることになりました。

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オーダーメイドの定食店を実現するために、内装も一から手掛けることに

クックパッドを退職する日、私はお世話になった方々にメッセージカードを贈りました。メッセージカードの裏面には、2015年秋頃にお店をオープンすること、店のコンセプトが「“ふつう”をあつらえる」であること、メッセージカードを持参すると100円割引になることを記載しておきました。そして翌日から、未来食堂の開業準備と修行の日々がはじまりました。

料理代行サービスや老舗仕出屋、弁当チェーン店にファミリーレストランと様々な店でアルバイトを行い、料理の腕を磨きました。複数のアルバイトを掛け持ちし、料理だけでなく店舗運営のノウハウ、例えば弁当店のテイクアウト食品に対する衛生管理やファミリーレストランの効率を追求したオペレーションを学びました。

料理修行と並行して物件の選定や内装工事、事業計画書の作成に各種届出と慌ただしい日々を送り、2015年9月13日に未来食堂オープンの日を迎えました。開業準備に費やした時間は1年4か月。クックパッド退職時に宣言した2015年秋に、無事店を始めることができたのです。