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とにかく釣れる、大物が沢山釣れるルアーを目指して

2015年10月1日
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「とにかく釣れるルアー」を目指し40年以上ルアーを作り続けている男がいる。有限会社HMKL代表取締役、泉和摩。バスフィッシングの本場アメリカ最高峰のトーナメントに日本人初のシーズンフル出場を果たしたプロの釣り師だ。そんな泉氏のルアー制作にかける情熱の原点に迫った。

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ルアーメーカーHMKL(ハンクル)の代表を務める泉和摩氏

私はルアーメーカー”HMKL”(ハンクル)の代表を務めています。「ルアー」とは魚釣りの道具で、疑似餌のことを指します。エサではなく、人工物を使って魚を釣るための道具です。ある物体に針がついていれば、それはルアーとして機能します。どんな物体でも針がついていれば魚は釣れるのですが、より効率よく魚を釣るために様々なルアーが開発されています。私はそれらのうち、小魚を模した「ミノープラグ」という種類のルアーを中心に制作しています。”HMKL”はHand Made Kazuma Lureの略で、私が手作りで制作するルアーを起源にしています。

私がルアー作りをはじめたのは中学生の頃でした。私は幼少期から生き物が好きで収集癖があり、気が付いたときには魚釣りが大好きになっていました。最初はエサを使った釣りをしていたのですが、私が中学2年生の頃、当時よく通っていた釣具屋にルアーが並ぶようになりました。アメリカやヨーロッパから輸入されたルアーです。「こんなもので魚が釣れるのか?」という好奇心から私はルアーを使ってみるようになり、実際に魚が釣れたので、私はどんどんルアーの魅力に取りつかれていきました。

ルアーの値段は今も昔もあまり変わらず1個1,500円程度です。これは、中学生にとって決して安い買い物ではありません。そこで私は、節約のために自分でルアーを作ってみることにしました。私の父は弓道の道具を作る職人で、私の周りには工作用工具が沢山ある環境だったのです。ルアーの構造自体もそれほど複雑なものではなかったので、私は市販のルアーを模してルアーを手作りできるのではないかと考えたのです。これが、私がその後40年以上にわたりルアー制作に携わるようになったきっかけです。

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泉氏が一つ一つ手作りで制作しているHMKLのミノープラグ

ルアーを使った釣りで、私がメインのターゲットとしている魚はブラックバスです。ブラックバスは北米原産の淡水魚で、小魚や甲殻類・水面に落下した昆虫まで捕食する肉食魚です。獰猛な食性のブラックバスをルアーで刺激し、興奮させ、捕食させる。ルアーを用いたブラックバス釣り(バスフィッシング)ではこうした手法がとられます。そのため、バスフィッシング用のルアーには実際のエサからかけ離れた外見のものが多く存在します。

私もルアーとはそういうものだと思って、エサとは似ても似つかないルアーで釣りをしていたのですが、それほど釣れたわけではありませんでした。そんなある日、私は後の人生を大きく左右するものと出会いました。釣り場でフィンランドのルアーメーカー、ラパラ社のミノープラグを拾ったのです。

ラパラ社はミノープラグで有名なルアーメーカーで、製品の外見は当時流通していたルアーの中では最も本物の小魚に近いものでした。その日は他のルアーで全く釣れなかったので、私は試しにその拾ったラパラ社のミノープラグを使ってみることにしました。これが物凄く釣れたのです。これまで釣れなかったことが嘘のようでした。

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泉氏が制作したHMKLのルアー(左)とラパラ社のルアー(右)

「やっぱり本物の小魚に似たルアーは釣れるんだ!」と驚くと同時に、私は「このルアーをもっと本物に似せたら、もっと釣れるんじゃないか」と考えるようになりました。そして私は、より本物の小魚に似せた、リアルな外見のミノープラグを制作するようになったのです。

高校3年生になる頃には、私は東京都内のバスフィッシング愛好家が集まるクラブに出入りするようになりました。そのクラブに入ると、メンバーの方々が遠方の湖まで釣りに連れて行ってくれたのです。月に一度、メンバーが集まって箱根の芦ノ湖や日光の中禅寺湖まで遠征に行くというスタイルです。

クラブのメンバーと釣りをしていると「お前の作ったルアーを使わせてほしい」と声をかけられるようになりました。自作のリアルなルアーで魚を釣っている姿が目立ったのでしょう。私のルアーは実際に良く釣れたので、そのうち「このルアーを買いたいから、まとまった数を作ってほしい」という声をいただくようになりました。そして最終的に、交流のあった釣具店が定期的に私のルアーを仕入れていただくという話にまでなりました。そこで私は、”HMKL”ブランドとしてルアー制作を手掛けるようになったのです。

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1974年よりHMKLブランドのもとルアー制作を開始する

当時の私は浪人生活を送っていて、ルアー制作はアルバイトのような感覚でした。ただ、リアルなルアーを作るという点には徹底的にこだわりました。見た目から「このルアーは釣れる!」というイメージを釣り人に与える。魚よりもまず釣り人の心を動かして、ルアーを使う気にさせることが大事だと考えたのです。今振り返るとまだまだ幼稚な出来栄えでしたが、当時は他にリアルなルアーが存在していなかったこともあり、私のルアーは「よく釣れるルアー」として評判をいただいておりました。

ただ、当時私はルアー制作を職業にすることは難しいと考えていました。私の作るルアーは、耐久性に問題があったのです。岩にぶつけただけで使えなくなるほどでした。とても売り物として量産販売できる代物ではなかったのです。

ルアーの耐久性を高める上で最も重要な要素は、塗料です。私やラパラ社のルアーはバルサという木材でつくられていて、その上に塗料で防水加工を施しています。その塗料が、耐久性を高める役目も担っているのです。

私が参考にしていたラパラ社のルアーは塗料が優れていて、非常に高い耐久性を誇っていました。ところが、ラパラ社の塗料は企業秘密でしたので、私にはラパラ社のような耐久性を持つルアーを制作することができなかったのです。

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ルアーの材料であるバルサ木材を加工する泉氏

耐久性を高める塗料が見つからないことにはルアー制作を商売にできないと思った私は、実家に戻って父の弓道具制作を手伝いながら、塗料屋に通い様々な塗料を試しました。そして私が27歳の時、ついにルアーに適した塗料が見つかりました。塗料を探し始めて9年が経過していました。そして私は、ルアー制作を自らの職業とすることを決心したのです。

それからの私は、毎月15日かけてルアーを100個作り、残りの15日間は釣りをするという生活を送りました。手作りのルアーは1個作っても100個作っても、完成までに15日かかります。材料の木材に塗料を塗り重ねていくのですが、その塗料は1日に1回しか塗ることができないのです。1回塗って、1日かけて乾燥させ、その上からまた塗料を塗る。これを15回繰り返すことで、十分な耐久性を持つルアーが仕上がるのです。

塗料を塗り重ねながら、素材を削ったり、アルミ箔を貼ったり、塗装を施したりという工程を経て、ルアーは作られていきます。この工程は手作業で行うので、1度に行うには100個が限界です。つまり、私がルアーを作るには15日で100個が限界の製造量だったのです。

残りの15日間でも100個ルアーを作ることも可能なのですが、私はその時間を釣りに充てました。ルアー制作を行う上で、自分で釣りをすることはとても大切です。実際に釣りに行って、「こういうルアーが欲しい」というものを見つけることで、新しいルアーが生まれるのです。机の上だけでは、釣れるルアーを生み出すことはできません。

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泉氏は国内最高カテゴリーのトーナメントに参戦する現役のバスプロでもある

アメリカには賞金が出るバスフィッシングの大会(トーナメント)があり、賞金で生活するプロの釣り師「バスプロ」という職業が存在します。トーナメントには様々な種類があるのですが、基本的には1年かけて各地の湖で開催される試合を転戦するというものです。各試合は数日間かけて行われ、成績は釣り上げたブラックバスの重量によって決まります。メジャースポーツに例えると、ゴルフに近い試合形式です。

1985年、日本でもアメリカのようなトーナメントが開催されることになりました。私もそのトーナメントに発足時から参戦し、試合の制度が整った最初の年、1986年にアングラーオブザイヤーという賞を受賞しました。幸運にも、初代・日本一のバスプロという称号をいただくことになったのです。

そして翌1987年、私にとって大きな転機が訪れました。バスフィッシングの本場、アメリカのトーナメントに出場するチャンスがやってきたのです。